身体に値段がつけられる世界から逃げ出したくて。臆病な心を消したくて。私が決断したこと【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#3
■自分を愛する方法、そして祈り
刺青や大きな傷があると、身体につけられる値段というものは大きく下がる。範囲が増えるほど無価値となっていく。そういう世界の商品棚から早く逃げ出したかったのだ。
「そんなものなんてなくても」と思うかもしれないが、一度超えた線は簡単に超えられる。辞めることはずっとずっと難しい。現実の行動としてもそうだし、精神に巻き付く鎖から逃げ続けるのはもっと終わりが見えない。
だから、私は自分で傷をつけた。もう二度と誰にも傷つけられないように。そして欲にくらんだ私や誰か、私を傷つけようとする私や誰かから身を守るための枷となるように。
おかしな話だが、痛みを刻んでみて初めてこの身体が「私のもの」だと実感した。その痛みは誰かに与えられるものではなく、私自身が選んだ痛みだった。傷が熱を持ち、皮膚が張る。その感覚が私とこの身体を繋ぎ止めてくれるような気がした。誰かに触れられるための身体じゃない。値札をつけられるための身体じゃない。私は私のものだ。私に絡みついたしがらみを断ち切るには唯一の手段だった。
この身体を知るのは、私が愛する人たちだけでいい。洋服の隙間から見えることがあっても、布を捨て去らないと全部は見えないように彫ってある。
これからも私にとって意味のある区切りを迎えるごとに、少しずつ身体に刻まれていくのだろう。そうして私は私になっていく。
これは、私がこの身体を受け入れるための手段であり、自分を愛する方法だ。 そして、私が私であることを許すための、祈りでもある。
文:神野 藍
- 1
- 2
KEYWORDS:
✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
✴︎
「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに